東アジア古代の怪獣図像
小田木治太郎教授
中国においては新石器時代中期に龍と虎の図像が使用されている(西水坡遺跡)。この龍が「中華第一龍」と称される、最も古い龍の図像。
殷後期から、饕餮文を主とする文様群が成立し、祭祀の変容とともにさらに変容していく。
中国北方では殷代に北方的動物図像は出現するものの、虎や家畜の表現であり「怪獣」ではない。これが戦国時代のグリフィン流入、秦漢時代の中国怪獣文様の流入のように他文化の怪獣からの影響を受けた図像となっていく。つまり、中国北方では怪獣文様の創出はなかったのではないか。
日本ではどうか。縄文時代の土偶に怪獣はいない。弥生時代の銅鐸にある龍の文様は中国から輸入された図像と思われる。古墳時代の鏡や刀剣などに龍や鳳凰はあるがいずれも輸入図像である。つまり、日本でも顕著な怪獣文様の創出はない。
怪獣創出には農耕をゼロから立ち上げることが可能なほどの高度な科学技術、考察が要求されるのではないかと考える。
所感として
現在は怪獣王国である日本で古代に怪獣(幻想獣)がいなかったというのは興味深いところだ。
平安時代には妖怪が登場する絵巻物があるようだが、いつの時代どのようにして妖怪達が姿を持ち、そして増えていったかについては別途調べてみたい。
質疑応答では、
「龍にまたがる人」の図像がある件から、西洋と東洋の龍に対する扱いの差について。西洋では龍(ドラゴン)は邪な存在だが、東洋の龍は敬いの対象であり皇帝の権威を表すものであるとのお話。