モノと図像から探る怪異・妖怪の東西 その3

捏造された狂気? ―フェニキアの幼児供犠―
橋本英将准教授

航海術に優れ、ギリシャ・ローマといった大国とも渡り合ったフェニキア。だが、フェニキア人は幼児供犠を行っていたとされ、そのイメージは世界に広く定着している。果たしてこのイメージは正しいのだろうか。

フェニキア人は幼児供犠を行っていたとされる理由
・火葬された幼児の骨が入った骨壷が多数発見された。
・旧約聖書にある(子供を犠牲にする地としての)「トフェト」は、実際は特定されていないにもかかわらずフェニキアだとされた。
・フェニキア人は早くに文字を持ちつつも自らの歴史を文字で残していないため、反証となるものがない。

古い時代に作られたイメージなのだが、近代になってベストセラー小説の中でこのイメージが使われたため、再び定着してしまった。
ちなみに日本でも映画版「ドラえもん のび太と翼の勇者」にもこのイメージが影響しており、日本人であってもこのステロタイプから自由というわけではない。

実際に幼児の骨が入った骨壷は見つかっているが、死亡したものか供犠とされたのかは不明だった。しかし、その後の調査で死産のものが多いことが判明した。

大まかな結論としては幼児供犠もあったのだろうが、死産など自然死も多く、トフェトは共同墓地だったと考えられる、とのこと。

所感として
フェニキア人ついては殆ど知識が無く、航海に優れていたとか、カルタゴがフェニキアの植民地だったとか、というくらいで幼児供犠などという悪評については全く知らなかった。
まあ、カルタゴに散々苦しめられたローマとしてはフェニキアに対して悪意ある風評くらい流すだろうなとは思うが、太古のこととなると実情を把握するのはたいへんなことであるのだ。
あとドラえもん大人気(「手紙が伝える怪異―不幸の手紙の進化論」でも出てきた)。

質疑応答
他の文化圏(ローマ)でも幼児供犠は行われていたとのこと。