なので、近年煙草がたいへんに値上がりしているという話を聞いても、ああ、吸わないでいてよかった、と思うぐらいである。
値上がりだけでなく、受動喫煙や吸殻の処理といったマナーの問題もあり、喫煙者は減少している模様である。このまま煙草は衰退していくのだろうか。
喫煙以外の煙草の用法として、蛇よけ、というものがある。吸いながらでも効果はあるのだろうが、煙草を水に浸して作った溶液をズボンの裾などにかけておくと蛇に噛まれにくい、という話を読んだことがある(実際には煙草溶液は毒性を持つので取扱いにはご注意を)。
民話では、蛇が煙草を嫌うことを利用した蛇退治の話も多い(逆に蛇の所縁の地で煙草を吸ってしまい祟られる話もある)。
蛇以外でも、いろいろな怪異に効果をもたらす煙草だが、興味深いのは「野衾」の話である。歩いていると不意に眼前に壁のようなものが出現し、その壁は上下左右に無限に続いているので進めなくなってしまう。こんな時は落ち着いて、道端で煙草を吸うと壁は消えてしまう、という話である。現象としては「塗壁」と似ている。塗壁は見えないこともある(不可視の壁)らしいけど。
野衾の正体はムササビであるとされ、Wikipediaには夜間滑空中のムササビが、人間の持つ松明などの灯りに眼が眩んで目測を誤り、人の顔にへばりついてしまうことがこの怪異の実態であるという説を載せている。吃驚しただろうなあ、その人。
私が気になるのは、煙草伝来以前の野衾対策についてである。煙草は15世紀以降に伝来したものなので、それ以前にはどう対処していたのだろうか。朝が来るのを待つしかなかったのかもしれない。
蛇やその他の獣系怪異を煙草で避けるというのは、ニコチンの持つ効果として考えれば納得しやすい。野衾も同じなのだろうか。もしかすると、煙草を吸うという瞑想行為の一種を行うことで意識の切換を行い、怪異を鎮めるのかもしれない。
煙草の原産地であるアメリカ大陸の先住民文化では、煙草は瞑想のための道具でもあったのだし。
喫煙者を排斥する風潮はアメリカで特に強く、喫煙者の割合は日本よりも低くなっている。これを、先住民の文化を廃絶させてしまおうという、一種の文化戦争であるという説もある。穿った説だとは思うが、非喫煙者である私も煙草文化には残ってほしいと思う。将来の民話好きが、「昔は煙草という嗜好品があってそのヤニというものを蛇が嫌って…」という全く実感のわかない読み方しか出来なくなってしまうのは惜しいような気がするのだ。